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2008.10.07.Tue
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修行な毎日なのです
2008.04.01.Tue
![]() ![]() ![]() ![]() 新宿御苑のすぐ近くで月2回心理療法のセッションを受けています。 セッションが終わってから雨が止んだので新宿御苑にお花見に出かける事にしました。 いつもは「お花見」と言えど、満開の桜のあの独特の雰囲気だけに気を取られてぽわぁんとした幸福感のみで、何となく帰って来ちゃうので、今回はちゃんとお花見しよう!と言うのが目標。 桜って一概に言っても色んな種類と個性があるんだね! ■ うれしい出来事
2008.03.31.Mon
昨日、仕事場にトレーニングの仲間のNちゃんが尋ねてきてくれた。
彼女が住んでいるのは福岡。 彼女は毎月、東京で心身統合療法のセッションを受けているので、その前日に練習会に出てくる予定だってことも知っていた。 丁度、私はその日の練習会には仕事の都合で不参加だったので、 「また、会えないなぁ(寂)」 なんて思っていた。 仕事中にちょっとお使いで本館に行って帰ってきたら、フロントに知っている後姿が! わざわざ、セッションの後に会いに来てくれたのだった。 心も身体も、不安定なときに現れるなんて、彼女はまさに神様からのちょっとしたギフトなんじゃないかと思うくらい(笑) 丁度、身体の調子もよくなくて、心の調子もグラグラしていたときだったから。彼女の「どうしてるかなぁと思ってさ」って一言に、心が温かくなった。 彼女の存在自体がこんなに、自分を勇気付けてくれることにちょっと驚きもしたけど、やっぱり一緒に進んでいく仲間がいるってすばらしい。 本当にありがとう!Nちゃん。 私もNちゃんを初め、仲間達が心細いときや落ち込んでいる時に、何らかの支えになれる人でいたいなと思う。 2008.03.05.Wed
アロマテラピーって私にとって何だったんだろう?
最近、よく考えるようになった。 とある美容系短大にアロマの講師として仕事をして2年が過ぎようとしている。この二年を振り返るとそこでの仕事は正直ストレスでしかなかった。 そのストレスの原因が何なのかがまったく分からないまま仕事をしてきたけれど、来年の仕事の更新を辞退した今、ようやく分かったような気がする。 学校が考える「アロマテラピー」と 私が考える「アロマテラピー」、 生徒が考える「アロマテラピー」には 大きな考え方の相違があったのだと思う。 学校側は「アロマテラピー」を手軽に誰でも資格が取れるファッショナブルでLOHASな客寄せ(生徒寄せ?)道具として考えている。 生徒達は、やっぱりファッションとして。それから、簡単でラクチンな単位あわせの授業として。それから、幼稚園や小学校でやった図工の延長みたいな感じかしら? 3年間アロマセラピストとして活動してきたが、毎日精油と付き合い、人の身体に触れることで「資格取得のための勉強」以外の多くのことを学ばせてもらったと思っている。 最初は植物の持つケミカルな成分としての精油。ほどなくして何気なく使用する植物の香りが私たちが認識しているよりももっともっと深い部分に触れていることに気づいた。 そして、ようやく今頃になって、身体やメンタル面だけではなくて、もう少し進んだ部分へ働きかけることがわかってきた。 要するに、精油を扱うという行為自体が、身体(エネルギーを含め)大きな影響を及ぼしているわけだから、そうそう簡単に「アロマテラピーの資格を持ってます」「仕事にしてます」なんていうことを公言していいんだろうか? 今は激しくそう思うのだ。 何故こうゆう風に思いはじめたかというと、「アロマテラピーを安売りしている」学校と、「バーゲンセールでアロマテラピーの知識を買い、そして使わずに部屋の隅に放り投げておいて、都合のいい時に勉強しました、資格持ってますとのたまう」生徒達に出会ったからなんだと思う。 アロマテラピー協会も大きく成長し、資格取得者も大勢産出され、アロマテラピーという言葉は誰しもが知る一般的な自然療法として定着した。しかし、その資格取得者の中の何人がアロマテラピーの本質と向き合っているんだろうか?(私自身もまだまだその域ではないと自覚している。) 別に、勉強したいという人達を限定したり差別化したいわけでは無いけれど、アロマテラピーとは精油を使う事を通して「人の身体や心の深いところ(エネルギーフィールドを含め)に触れている」んだという自覚持って向き合うことが出来る人、植物が生み出す「香り」と「物質」の神秘にとことん付き合う覚悟がある人にこそ、伝え告がれていくべきなんだと思うのだ。 おしゃれなアクセサリーや持っていれば便利な肩書きとしての資格ではなく、植物と人間の関係の本質的な部分に触れながら、共に生きて生きたいと思える人と私は一緒に学んで行きたいと心から思う。 ■ パターン
2008.03.02.Sun
パターンがある。
今、サイコーに気になっていること。 いつも、へとへとになるまで仕事をしてしまう。そして、フと我に返り、「なんでこんなに疲れてんだ〜?」とか思う。そして、どうしようもなくなってドリンク剤飲んだり、元気なるようなスパイシーな料理を食べたりするけど、身体はついていかなくてお腹壊したり。 倒れるまで頑張って、倒れてから「無理してたな」と思うだけ。また同じことの繰り返し。 疲れると、身体の中に居るのが難しくなる。 自分では前から薄々気づいていたんだけど、こないだ師匠に指摘された。 分かっていたんだけど、認めたくなくて気が付かない振りしていた(笑) これは、どうにかしなくちゃな。と今回初めて思った。 へとへとになる前にどうにかしなくちゃ。 心理療法のセッションの時に心理療法士さんに聞いてみた。 「仕事やりすぎてヘトヘトになっちゃった時の対処法ってありますか?」 「ヘトヘトにならないように調整します」 そうなんだよな。 疲れる前に調整なんだよな。 ・・・ということで、今日はもう寝よう。おやすみなさい。 2008.02.26.Tue
最近(でもないか)資格を持つと言うことにあまりこだわりが無くなった。
日本は資格主義だし、ある程度の教育を受けた証しとして重要な場合もあるけど、評価する方に少しでも利益を算段に置いた下心がある場合、それはやはり公正ではないし、同じ技術や知識を持っていると言う基準にもならない。 私が講師をしていたある学校から落とした生徒の救済措置命令が来た。 落とした生徒は正直、授業内容にも興味はないし出来も悪い。ただ単に卒業させたいが為の救済措置なら単位や卒業資格を金で売っているのと、なんら変わりない。 だったら、教育なんて仕事辞めて「短大卒業証書(在籍証明付き)売ります」とヤフオクにでも出品したらどうだろうか? バカバカしい。 |