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2008.10.07.Tue
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修行な毎日なのです
■ 今日のコトバ
2006.10.23.Mon
かくして、きみは地面に身を投げ出して
母なる大地に身を投じ、 自分が彼女と一つであり、 彼女は自分と一つであることを確信できる。 きみは彼女と同じように頑健で不死身である。 数千倍も丈夫で傷つくことがないのだ。 明日、彼女がきみをのみこんでしまうのと同じ確実さで、 彼女は新たにきみを生み出し、 新しい戦いと苦痛をきみに晒すことだろう。 「いつの日か」というわけではない。 いま、 今日、 日ごと、 一度だけでなく、 何千回と彼女はきみを生み出している。 毎日何千回もきみをのみこんでいるように。 永遠かつつねに、 唯一あるのは「いま」だけである。 同じ、一つのいまなのだ。 現在こそが唯一終わりのないものである。 アーウィン・シュレディンガー ■ きっかけは?
2006.10.14.Sat
私のアロマセラピストになろうと思ったきっかけは、改めて記憶を辿ってみると何だか朦朧としていて頼りなげだ。
学校に通っていた時にクラスメートの自己紹介を聞いていると、皆それぞれ自分がアロマテラピーに関わってどのように変わったか(心身共に)?これからアロマテラピーをどのように活かして行きたいか、など明確なヴィジョンを持っており、実にしっかりとしていて、それに比べて「自分はなんて不真面目なヤツなんだ・・・」と自分を責めたものだった。 化粧品会社に務めていた時から、私のアロマセラピストの資格取得への計画は始まったわけだけれど、そのきっかけは実にシンプルだった。単に香りが好きだったから。香りを扱う仕事をしてみるのも楽しそうだ。別に誰かを癒したいとか(癒したいなんておこがましいと今でも思っているけれど)そんなことは考えてもみなかった。自分が好きであればそれで良かったのだと思う。 そんな私が資格取得のため学校に通う中、私の祖母が突然倒れてICUに運ばれて3日後に他界した。 祖母は私の親代わりでもあったし、ずっと私の支えでもあったので彼女が倒れたと聞いて私はとても動揺した。 祖母の死因は静脈の破裂だったので、最期の最期まで意識はしっかりしていた。意識がしっかりしている分、身体の異変にもとても敏感で吐血のため、徐々に足元から血の気のなくなっていく様子などを実感しとても苦しんでいた。 その時、私は彼女が死んでいく様をただただ見ている事しか出来なかった。多分、何かアクションは出来たのだろうけれども、自分が何かすることで寿命をより一層縮めてしまうのではないかという不安感で何も出来なかったのだと思う。 祖母が亡くなる直前にこっそりエッセンシャルオイルをICUに持ち込んで、ティッシュに垂らし枕元においた。 延命措置はしないと告知はされていたので、せめて天国に行くときは大好きだった香りを嗅いで怖わがらずに逝って欲しかったのだ。これが病人(?)に行った私の最初のアロマテラピー経験となった。 多分、アロマテラピー(主にトリートメント)の仕事に本格的に就こうと思ったのはこの頃からだったと思う。 それまで、私にとって精油とはどちらかというとケミカルなもので物質的なもので、医療的な感覚がとても大きかったけれど、今、アロマセラピストになったきっかけみたいなものを振り返ると、自分としては無意識にもうちょっとエネルギー的なスピリチュアルなものを求めてこの世界に足を踏み入れたのかも知れないと思う。 ■ お絵かきトラウマ
2006.10.12.Thu
お絵かきトラウマという言葉を知ったのは、ネットサーフをしていてあるブログに書いてあったのが最初。正式な言葉ではないのかも知れないけれど、個人的に非常に思い当たるフシがある。
私は幼少の頃(幼稚園とかそれ以前)将来なるとしたら「歌手」か「漫画家」だったらしい(母曰く)。絵を描くのは好きで、大好きな祖父の影響もあってか小さい頃から本当によく描いていた。 高校に入ってからは美術部に入って、精力的とはいえないまでもチョコチョコと描いていたのに・・・。高校を卒業した辺りから現在まで全くと言っていいほど「描けなくなって」しまった。 今も友人が開催もしくはコーディネートする個展に足を運ぶと芳名帳(?)のようなものの代わりに絵を描いてと言われる事があって、非常に困惑してしまうことがある。描きたいけれど学生の頃みたいにすんなりとイメージが浮かんでこないのだ。 こうゆうのって、例の「お絵かきトラウマ」と関係があるんだろうか?・・・などとぼんやりしながら記憶を辿ってみた私。 えーと・・・マンガを描くのに挫折したのは・・・確か中学生だったか?理由は・・・そうそう、男の子が描けなかったんだっけ。女の子の絵は結構得意だったんだよなぁ・・・。などとドンドン思考を掘り下げていく私。 その時の自分を振り返ってみると、何故男の子キャラが描けなかったのかは容易に想像できるではないか! 本職の方はどうか分からないけれど、ああゆう男の子キャラって自分の好みを絵にするもんなのではないだろうか?と思うのです。 でも、当時の私にはそうゆう対象が全くと言っていいほどイメージできなかったわけです。恐らくカッコ良い男の子どころか人間自体に興味が無かったのではないかとさえ思う。人間、興味のないモノはイメージなんて出来ないよねぇ?なので私はいとも簡単にマンガ道を挫折(笑)。 美術の世界は写生なんかがある位なので、見たまんまを表現すればいいわけで結構ソツなくこなしてはいたものの、高校生位になると自分の理想と現実(実力?)が必ずしも噛みあわなくなっていることに気が付き始め、幼稚園に上がる前なんかに感じていた「絵を描く楽しさ」「自由に表現する」という感情にブロックをかけてしまった。 そんなこんなで、現在の「お絵かき出来ない私」が生まれてきちゃったのではないか・・・という結論に達したわけなのです。 はぁ・・・orz。 自分を不自由にしているのも自分だったりして何だか切なくなります。 人にどう評価されるかとか、こうゆうのが当たり前とか、こうゆう絵が素晴らしいとか、そういうのって大人になればなるほど出てくる感情で、子供には持ち得ない危惧。 たまには子供に戻って、縛られないお絵かきをしてみるのも良いかも知れない。 ■ 続・不思議な夢
2006.10.11.Wed
私の旧ブログ(現在も更新中)を見ていただいている方はご存知だと思いますが、びっくりするような夢を見てしまいました。
いきなり頭の中に言葉が浮かぶ・・・というアレです。 今回はあまりに明確だったので(間違いようもない感じ)辞書を引いてみたら(英語だったので)ザクロという植物でした。 フツー、ここで「ザクロぉ?何ソレ・・・」 と言ってそのままにシがちですが、リアクションを起こしてしまうのが私の執拗なトコロですね・・・ははは。 私は仕事上、ハーブとかアロマ系に関わることがメインなので、そこでピンと来たのがフラワーエッセンスでした。 ザクロの精油なんて聞いたこともないし、ザクロのサプリはあってもハーブティーはあまり聞いたことがないしねぇ。 もしかして、フラワーエッセンスがあったかな?と思い、いつも購入しているサイトさんで検索してみると ・・・あった。 しかも、ザクロのフラワーエッセンスは女性性(家庭)と仕事のハザマで悩んでいるとか行き詰まっているような状態に・・・なんて書いてあるし。 兎に角、ダッシュで取り寄せて只今飲んでいます。 身体に対してのリアクションは、足底部のチャクラから上に向かってエネルギーがジワジワとゆっくりしたペースで上がってくる感じ。体全体が熱くなってくるようです。 以前摂っていた「あじさい」のエッセンスはもうちょっと上がってくるペースが速かったように思います(水が上に向かってヒューっと上がってくるみたいなイメージ) 内的な変化はもう少し試して見てからアップしようかな・・・と思います。 こんなわけで夢日記をつけ始めた私だったのでした。 ■ 夢日記
2006.10.11.Wed
5月のワークショップ参加時に修練の一環として「夢日記」を付けるぞ!と宣言しておきながらもダラダラと逃げまくっていた無責任な私でしたが、少し前に不思議な夢を見たので、いよいよ必要性に駆られ実行に移すことにしました。
夢日記をつけて今日で3日目ですが、起きたてに字を書くのって結構辛いですね(笑) 半寝ぼけ状態で書いているので「熟考する」余地は全くなし。 それがまた良いのかも知れませんが。 夢日記を書くことの目的ですが、 ・自己理解を深める ・目に見えない世界との共感力を開くことができる だそう。 夢にも日頃の感情のわだかまりを清算するようなものから無意識やガイドからのメッセージなど様々な種類があるらしい。 特にガイダンスの練習をしていると、夢を全てメッセージのように受け止めてしまう傾向にあるけれど、こうした夢日記をつけて分類をしてみると、夢について偏った判断をしてしまうのを防ぐことが出来るんだと思う。 私の場合、現在セルフ・ガイダンスの練習をしているのでスムーズにガイダンスを受けれるようになる練習としての記述というスタンスで行っている。 今後、心理療法を受ける際に自分自身を知る参考にもなると思うし。 常々思う事ではあるが、このような勉強をしている人と話していると(私自身も含め)どうも、色んなことをスピリチュアルな事に結び付けすぎている嫌いがあると思うので、その辺を上手く線引きしてバランス良い状態で取り組んで行ければいいな・・・という願いを込めて・・・ ・・・明日も頑張るぞ・・・? |